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Cinema of R

極めて個人的な映画の感想とか

見上げる映画

映画

 昨日は記事を書いたからなのか安眠できました。内容についてはどうかと思うけれど、書いてある通り僕は媚びるのが嫌いなので、強気の言い切り文を推し進めていきたいと思います。でもやっぱり、ムキにならずに笑っていたいものですね。「こいつ文句しかいってねぇな」とか思われそう。

 そう。今のところ誰もこんなブログ見ていないわけですけど、「誰かに対して書く」って大切だと思うのです。少しは内容を考えるようになるし、緊張感も生まれる。はっぴー

 

 

キューブリックの「シャイニング」

 観たんですよ。キューブリックは「2001年」「FMJ」「博士の異常な愛情」は観たんですけど、きつい感じのというか、「時計仕掛けのオレンジ」とかは怖くて観てなかったのです。

 ホント言うと、キューブリックの映画って綺麗だけど面白くなくて、どうも借りてくる気がしなかったのです。面白くないというのは、笑っていいのか悪いのかわからない場面が多いから。僕の経験不足でしょうか。スピルバーグもそんな感じですが、あちらはブラックに笑わせにきているな、とわかるので。

 星新一の世界から来たような悪魔なバーテンダーとか、ジャック・ニコルソン*1の眉芸顔芸とか、ああいうのは笑えるのですが、いかにもホラーな骸骨舞踏会*2とか、例の凍死なんかは、キューブリック何してんの…と思ってしまう。

 それはきっと監督への先入観と、構図の決まりすぎた画のせいで、勝手に「完璧なキューブリックホラー」を望んでいるせいなのでしょうね。怒濤のフラグ嵐とか、もう狂った?まだなのか?とフラフラさせる演出が凄く好みでハードルが高まりすぎてしまった。

 

演出といえば新装備スタディカムを使った三輪車のシーンが有名ですけど、僕は雪迷路が視線の低さも相まって、まるで洞窟のようになっているのが好きです。

 

見上げる映画

 キューブリックといえばガッチガチの一点透視図法が有名ですが、廊下の高さにカメラを合わせているせいか、画面の中心が人物の胸の高さになっている事に気がつきました。これはクローズアップの時も鼻が中心になっている気がしたので、ひょっとすると偶然ではないかも知れません。

 では何故、画面の中心より顔が、目が上なのか。

 人は「顔」に対して非常に敏感です。点が三つあるだけで顔だと思うし、対人恐怖症というのも実質「顔恐怖症」なのではないかとすら思っています。特に目が重要で、昨今のアニメ絵なんてものはギラギラの瞳にもっさり睫毛を盛って、デフォルメな身体を付けただけとも言えるかも…(段々言い過ぎてくる)

 そうなると自然に視線は画面より上を注視します。ここが重要。映画は基本映画館で上映されるものなので、一番後ろにでも座っていない限り、観客は一様にスクリーンを見上げざるを得なくなるのです。

 別にこんなにもったいぶらなくても、構図の演出として画面上(別の言い方では「奥」)のものは威圧感を与える効果があると言えばそれだけな気もしますが。先入観のせいで監督の高慢さを妄想してしまうんですよね…

高尚な映画を崇め給え

  大体ネットで見た同業者の愚痴と「2001年」のモノリス(スクリーン)のせい。

 

 さて、こんな感じでしょうか。改善点としては、もっと笑ってもっと褒めたい。どうにも鈍くって、相当な作品*3でないと素直に褒める気になれないんですね。これは性分なのでしょうか…

 卑屈なマイナスイメージは取っ払って、次は「カッコウの巣の上で」を見る予定です。本当はこっちが本命でシャイニングはおまけだった。そういえばティム・バートン版のジョーカーはニコルソンでしたね。見た事ないけど今回の狂気の中にヒース・レジャーで見たような仕草があり、興味あります。

しかし借りた順に感想を書いていったら秘密結社CCCに特定されそうで恐ひ 

 

*1:「ジャック役」で出ているのは面白い

*2:まさかこれが初出?オオトモ•シェイクスピア現象?

*3:なおかつ自分好み