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Cinema of R

極めて個人的な映画の感想とか

書いてない!

ひとりごと
生存報告

 映画の感想どころではない。酷い文でも毎日何かを書いた方が良いかな、とは「思って」いるのだが。やはり強制力がないと駄目か。タイピングしないと徐々に絞まる首輪とかないだろうか。その辺をうろうろしているよりも、PCの前でグダグダしているほうが余程不健康なんだよなあ…

 不調も不調、年中不調である。「不健康の利点」をマジに受けて健康への恐怖すらある。生きているのが大問題。過集中か無心状態か、今のところどちらかしかできないんだ。その実0.5を望んでいるような。全て馬鹿馬鹿しいと思わないと動けず、集中しないと何をしているのか、目的を見失ってしまう。

 目的が無いのが怖い。ツイッターのタイムラインなんて、それこそ永遠に見続けられるわけだ。24時間365日人の発する言葉が視界を埋め尽くすわけ。ぼーっとしていたら人生なんて、あっという間に終わってしまいそう。

 何かしようと思えば思うほど、取るもの手に付かず。頭より体を先に動かせって…

 

・・・・・・・

 

映画の名は

  さて、巷では「君の名は。」が絶賛公開中らしいのですが、どうにも見に行きたくない。個人的に。どうにも媚びている感じがして鼻につく。どこかで聞いたようなタイトル、設定、物語、台詞、主題歌…。ハイ。タイトルからして有名なので、わざとやってはいるのでしょうけど、新海誠にはそんなイメージはなかった。おまえは新海誠の何を知っているんだと言われそうですが、何を隠そう某林檎会社のクリスマスプレゼントで「秒速3㌢㍍」を一度観たっきりなのです。でもそれでも十分印象に残りました。あんまり印象に残らないあたりが。だって二人目のヒロインのドラマが描かれていなかったから。あれだとよくありそうな(つまり映画にするほどの事でもなさそうな)物語になってしまうじゃないですか…

 

 ここで本当に「秒速」を覚えているのか問題に直面しましたが続けろと僕の卑屈が押してきます。続けます。

 

失われた「あってほしかったもの」

 あのよくありそうな陰鬱話を途中のドラマとキラキラ背景で「アニメ映画」にしていたのが印象的だったのです。貶しているわけじゃない。しかし「君の名は」には陰鬱要素なさそうなんですね。伝わらない、プライバシの公開、記憶喪失と負な展開はありそうですけど、「㌢」にあったのとは違いそう。そして新海誠が映画にしたいのは「㌢」の方の負だと僕は思うのです。勿論監督だって成長しているし、「㌢」でもうやった事を再度表現する必要も無いでしょう。しかし…「㌢」のあのいやらしさは新海誠の持ち味になるはずだったのではないか、あの気味の悪い表現をもっと押し進められたのではないか、そう思ってしまうのです。「君」の負は「㌢」より質が下がっているのです。(まだ観てない)

 

  これはどういうことなのか、と思ってしまい、それで「媚びている」という結論に至りました…。陰鬱な映画は普通観たくないでしょう。予算や観客を増やすには、世間への口当たりの良い映画も必要でしょう。しかし、しかし…この前テレビで観た細田守監督映画を観て、同じようなことを感じたのです。この人は言いたい事が言えてないな、と…言い換えれば『俺の言いたい事言ってくれそうで言ってくれないな』なんですけど。この人は相当ブラックなものが作れる!技術もある!そう思っていても出てくるものは所謂「子供向け*1」映画。完全に思い込みでしょうが、こちら側と思っていたものがあちらを向いている、というのは悲しいものね…

 

無ければ作れ 

 では手前がブラックで負な陰鬱映画を撮ればいいのではないか…その結果は黒澤明とか庵野秀明とか、ちょっと逸れると押井守とか*2、そういう感じになりそうなんですね。技術的に敵わないだろうし、実際にやってみたら全然違うかもしれませんが、*3もうやった人いるのならやらなくていいんじゃないの、と怠惰囁いてくるわけです。それに「そういう映画」が作られにくいのはわかっているし、見る人が少なすぎるという側面も大事だと思う。一言で言うと「伝えたい事は伝わらないという事」みたいな…

 

 話がこじれてきたのは夜遅いせい。不眠に魅力はあるけれど、自然に眠いのでここまでです。寝ます。おやすみ

 

 

 なんだ書けるじゃないかSNSも動画サイトも邪魔だなあ…

 

 

 

 

*1:僕は子供なんているとは思っていない

*2:こういう映画監督はこの程度しか知らない。スピルバーグは微妙

*3:微妙に話を聞きかじっているとこうなる。